こんにちは。
GZです。
先日、孫からこんなことを言われました。
「広島へ行って、戦争のことを知りたい」
正直、少し驚きました。
遊びに行きたい場所の話ではなく、自分から戦争や原爆に関心を持ち、広島へ行きたいと言ったからです。
うれしい気持ちもありました。
せやけど、それと同時に、
「ワシは、何を伝えられるんやろ?」
と考えました。
戦争について、孫に説明できるほど理解しているのか。
原爆について、分かったようなことを言ってしまわないか。
すぐには答えが出ませんでした。
そして気づきました。
ワシは、教える側に立てるほど戦争のことを知らないのです。
孫の「知りたい」を大切にしたい
戦争や原爆は、とても重いテーマです。
だからといって、
「まだ難しいから」
と、孫の関心を止めたくはありません。
ワシが先回りして答えを並べるより、まずは、
「どうして広島へ行きたいと思ったん?」
「何が気になったん?」
と、孫の話を聞いてみたい。
どこから関心を持ったのか。
何を見て、何を感じたのか。
そこを聞くことから始めた方がええ気がします。
大人が答えを与えることより、子どもの「知りたい」という気持ちを消さないこと。
今のワシにできるのは、そこからやと思っています。

ワシかて「戦争を知らない子どもたち」の一人です
考えてみれば、ワシかて「戦争を知らない子どもたち」の一人です。
戦争を体験していません。
原爆の被害を受けた方の痛みも、戦時中を生きた方々の苦しみも、実際に経験したわけではありません。
知識も、ところどころ抜けています。
そんなワシが、知ったような顔をして孫に語ることはできません。
せやけど、体験していないから何もできない、ということでもないはずです。
残された資料を読む。
当時を生きた方々が残した証言に耳を傾ける。
分からない言葉があれば調べる。
経験していないワシにできるのは、残された記録に丁寧に向き合うことです。

身近な町にも、戦争の記録が残っていました
広島のことを考えながら調べてみると、ワシらの身近な町にも、戦時中の記録が残っていることを知りました。
今では普通に人が暮らしている場所にも、戦時中、都市部から来た子どもたちを受け入れた歴史がありました。
普段、何げなく通っている場所にも、当時の暮らしがあった。
そう考えると、戦争は教科書の中だけにある遠い出来事ではないのだと感じます。
実際に広島へ行くことで、初めて感じることもあると思います。
その一方で、自分たちが暮らす町の歴史を調べることで、見えてくることもあります。
広島の歴史を知ることとあわせて、身近な町に残る戦争の記録にも目を向けたい。
孫と話しながら、そんなふうに考えるようになりました。
「疎開」という言葉から確かめる
戦争について話していると、「疎開」という言葉も出てきます。
ワシらの世代は聞いたことがあっても、今の子どもたちには、なじみのない言葉かもしれません。
疎開とは、空襲などの被害を避けるため、人や施設を都市部から地方へ移すことです。
子どもたちが学校単位などで地方へ移る「学童疎開」もありました。
ただ、言葉の意味を説明するだけでは、その時代の暮らしまで伝わりません。
家族と離れるとは、どんな気持ちだったのか。
知らない土地で暮らす子どもたちは、何を感じていたのか。
食事や学校生活は、今とどう違ったのか。
もちろん、ワシらが当時の気持ちを完全に理解することはできません。
それでも、資料や証言を確かめることで、その言葉の向こうにあった暮らしへ、少しずつ近づくことはできます。
まず知る。そこから学び、考える
戦争や原爆については、ワシの知識だけで簡単に語れるものではありません。
だからこそ、思い込みで説明せず、資料を確かめながら向き合いたいと思います。
孫に「これが答えや」と教えることも、ワシにはできません。
展示を見る。
記録を読む。
体験した方が残された言葉に触れる。
そのうえで、
「どう感じた?」
と話し合う。
ワシが感じたことを、孫へ押しつけるつもりもありません。
同じものを見ても、感じ方は違うかもしれません。
分からないことが出てきたら、また調べればええ。
間違って覚えていたことに気づいたら、直せばええ。
まず事実を知る。
そこから学び、自分の頭で考える。
その順番を大事にしたいです。

いつか孫と一緒に広島へ
広島へ行く日程は、まだ決まっていません。
それでも、孫が自分から「行きたい」と言った気持ちは、大切にしたいと思っています。
実際にその場所へ行き、展示や記録を見ることで、本や画面だけでは感じ取れないこともあるはずです。
そして、行っただけで終わりにはしたくありません。
何を知ったのか。
何が心に残ったのか。
もっと確かめたいことはあるのか。
帰ってから、そんな話ができればええと思っています。
広島へ行くこと自体をゴールにせず、歴史と向き合うきっかけにしたい。
そのために、まずは身近な町の記録から、少しずつたどってみます。
まとめ
孫から、
「広島へ行って、戦争のことを知りたい」
と言われました。
その言葉をきっかけに、ワシ自身がどれほど戦争について知らないのかに気づきました。
ワシは戦争を体験していません。
だからこそ、自分の記憶や思い込みだけに頼らず、残された資料や証言を確かめながら向き合いたいと思います。
孫と話しながら、身近な町の歴史をたどることもできます。
58歳になっても、知らないことはあります。
せやけど、知ろうとするのに遅すぎることはありません。
すぐに答えが見つからなくてもええ。
焦らず、一つずつ確かめていこうと思います。
あとがき
今回は、いつものブログより使う言葉を慎重に選びました。
戦争や原爆は、軽々しく語れるものではありません。
実際に体験していないワシが、被害に遭われた方々の気持ちを代わりに語ることもできません。
分かったつもりにならず、事実と違うことを書かない。
もし間違いに気づいたら、きちんと直す。
そこは、これからも大事にします。
ただ、慎重になることと、目を背けることは違うとも感じています。
孫のひと言がなければ、ワシは「知っているつもり」のまま、深く考えずに過ごしていたかもしれません。
この記事は、戦争について語り切るものではありません。
戦争を知らないワシが、歴史と向き合い始めた記録です。
孫がくれたきっかけを大切にしながら、焦らず、丁寧に確かめていこうと思います。


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